英国の司法問題と我が国の民訴法改正への示唆92

下の論文は私の「英国の司法問題と我が国民訴法改正への示唆」(司法研修所 論集1993ーII(第90号)掲載)と題する論文です。

正式な論文としては、司法研修所論集記載のものをごらんいただきたいのですが、とりあえずのものとしてここに原稿を掲載します。

筆者は、1992年10月より1993年1月まで英国ロンドン・バード&バ ード法律事務所(ソリシターズ)において英国の知的所有権法実務及び民事訴訟 実務を見学する機会に恵まれ、また、英国滞在中、英国の司法改革等についての 若干の調査をなすことができた。
本稿は、英国における民事訴訟の直面する問題及びその解決に向けての方策を 検討することにより、現在我が国でなされている民事訴訟改正に関しての比較法 的な基礎情報の提供の一助としようとするものである。
なお、英国の裁判所制度、法曹制度、民事訴訟制度については既に詳細な紹介 があり (注1) ご参照いただきたい。

(注1)民事訴訟の手続きについても詳細に紹介するものとして菅野博之「英 国の司法−民事訴訟を中心として(一)(二)」司法研修所論集85号254頁 、87号186頁、益田洋介「英国の司法制度と民事訴訟の概要」法の支配86 号25頁、87号53頁、88号24頁。法曹制度改革について紹介するものと して石黒徹「英国における司法制度改革案」ジュリスト937号43頁、長谷部 由起子「イングランドおよびウェールズの法曹制度改革」成蹊法学33巻192 頁。その他の概説書等については、小林昭彦「イギリスの司法制度」NBL51 2号22頁注(2)参照のこと。
また、研修所論集掲載後、長谷部由起子先生より「訴訟における事実および証 拠の収集ーイングランドの開示手続きを手がかりとしてー」民事訴訟雑誌40号 233頁、「民事訴訟における情報の収集ーイングランドの開示手続きを手がか りとしてー」成蹊法学37巻145頁の贈呈を受け、また、その内容からも教示 されることも多かった。この場を借りて御礼申し上げます。

第一章 英国における司法の非効率と司法改革

第1 序

現在、英国においては、1988年7月にまとめられた「民事司法に関する調 査報告(以下、「民事司法報告」という。)(注101)」や1989年に纏められ た「法的プロフェッションの仕事及び組織(一般に「グリーン・ペーパー」とい われている。)(注102)」等に基づいて、種々の司法改革が進められている。そ れらの報告書を中心に現在の英国の民事訴訟が抱えている問題およびそれに対す る対策を眺めることは、これから司法改革を現実に進めようとしている我が国に とっても貴重な情報となるに違いないであろう。

第2 民事司法における非効率

英国の司法制度に関する教科書のなかでもっとも有名な「ジャクソンズ・マ シナリー・オブ・ジャスティス」の第8章は「民事司法への不満」という題で 司法問題を論じている。そして、その書き出しは、「法廷についての不平は長い 歴史を有している」という言葉で始まっており、これは、この問題が解決の難し い問題であることを示している。
英国においても、我が国と同様に今まで種々の改革の提言がなされ、また、改 革がなされてきた。しかし、それにもかかわらず基本的な解決がなされたものと は言い難い。そのような状況の中、1989年に出された「民事司法報告」は、 「主たる非効率と改革へのプログラム」について報告をし、提言を行っている。 この中で報告委員会は、民事司法における非効率として1遅延、2費用、3複雑さ 、4司法へのアクセスの4点を挙げている。これらの点を、種々の統計及びその 報告の基礎となったフィールドスタディに基づく結果の報告等(注103)を用いて 、詳細に論じれば、以下の通りである。


2 遅延について

2.1 
前記「報告」によれば、遅延は、1「手続開始前」、2「手続開始から和解若しくは トライアルの準備のできるまで」、3「トライアル準備後トライアルまで若しくは トライアルそれ自身」の3つの段階で起きるとされている。
2.2 
手続開始前について、「人身被害レポート」の調査によれば、事故から最初 の助言(例えばソリシターによる法律相談)までは、一般に三か月を下回ること はないが、事故から訴訟手続の開始までは、14ないし19か月かかっている。 最初の助言から手続きの開始までは9ないし12か月かかっている、と報告され ている。そして、この遅延の原因については、原告症状の固定のために時間がか かるということや医療記録を得るために時間がかかること等が挙げられている。

2.3
次に、手続き開始から和解もしくはトライアルの準備の出来るまでの期間に ついて、最新の統計によれば(注104)、ハイ・コート(女王座部)において 、全国では、呼出し状の発行からセット・ダウンまで平均で120週間(約28か月弱)、ロンドンで約98週間(約22か月)、地方で約140週間もかかって いるのである。
2.4
トライアル準備後トライアルまで、もしくはトライアルそれ自身による遅延 の問題であるが、
1)始めに、トライアルまでのいわゆるウエイティングの期間について検討する と現在の「司法統計」(1991)では平均36週間である。
2) 次に、トライアル自体の期間についてコマーシャル・コート・レポートによ ると、トライアルに至った一五のケースのうち(注105)、3件が1日未満で トライアルが終了しており、9件が1日から11日までで終了、もっとも長いトラ イアルで23日継続したと報告されている(注106)。
2.5
これらのデータについて、「民事司法報告」は、
(1)
報告に述べられている遅延は、正義を損なう。それは、証拠の利用可能性を 損ない、利用しうるものの信頼性を蝕む。損害賠償を最も必要とする時からかな り経 つまで賠償を拒絶し、法律家の事務所や裁判所の非効率性を正当化する傾向を 有し、重大なことであるが裁判所が正義を行う能力を有しているという大衆の確 信を失わせてしまう。
(2)報告に述べられている遅延は、正義を損なう。それは、証拠の利用可能性を 損ない、利用しうるものの信頼性を蝕む。損害賠償を最も必要とする時からかな り経 商取引や産業の効率的な行為を妨げることになる。
と述べている(注107)。

3 コスト


「人身被害レポート」における、232通のタックスゼーション用のビル( 請求書)とソリシターからの148通の質問回答書からのコストについての検討 により、コストの問題についての概要がわかる。(注108)(注109)。

カウンティ・コートでは、タックスゼーション前のコストは、一件当たりの 単純平均で1540ポンド、ハイ・コートの地方登録所では、同2480ポンド、ロンドンでは、6830ポンドになる。勝訴当事者の得た損害賠償額とそれ ぞれ比較すれば、カウンティコートでは、約98%、地方登録所24%、ロンドン26.5%が社会全体のコストとして消費されたことになる。
これらは、一件ごとに検討することもでき、それを表にしたのが次の表である 。

・成功原告のコストの損害賠償額に占める割合(注110)


25%以下 25%から50% 50%以上
County Court
14.3% 85.7%
District Registry 19.2% 31.9% 48.9%
RCJ 23.5% 29.6% 46.9%


これを見れば明らかなように、カウンティ・コートにおいては勿論のこ と、ハイ・コートの事件であっても実際に半数近くの事件において賠償額の半分 以上が原告のコストとして消費されている。
また、ソリシターへの質問書により被告側のコストをも理解することができる 。そして、それを纏めたのが、次の表である。原告が「被告は原告に対し一ポンド支払え」と命じる判決を得るのに際して、きわめて高額のコストが社会全体で 消費される事がわかる(注111)。

County Court District Registry RCJ
原告のコスト 0.73 0.26 0.35
被告のコスト 0.55 0.24 0.36
コスト合計 1.28 0.50 0.71

ところで、具体的にどのような目的のためにコストが消費されているかであるが、 このコストの内訳を分析すれば(次の表参照のこと)、殆どその半分は、ソリシ ターの「トライアル準備」のためについやされていることがわかる。
・サンプル 勘定書における経費詳細(注112)
項目 County Court District Registry RCJ
書類準備 4.3% 2.4% 1.5%
トライアル準備 46.1% 48.4% 49.9%
経費 10.3% 12.9% 10.7%
出席 3.9% 3.7% 2.9%
カウンセル費用 14.1% 14.3% 18.5%
タクスゼーション 3.1% 2.2% 1.3%
雑経費 0.4% 0.8% 1.6%
法廷利用および
タクスゼーション費用
7.2% 5.8% 4.0%
付加価値税 10.6% 9.5% 9.5%

3.3 非効率性の問題点
みた費用の高さがもたらす司法の非効率性について「民事司法報告」は、
1 コストの殆どは、保険会社や労働組合、リーガルエイド等の機構によって支払われるが、保険金支払い者、組合員や納税者は、制度の非効率性の「つけ」を 回される理由はない。
2 コストにたいする恐れが、訴訟提起を思い止まらせている。
コストが高いあまり、自分でコストを負担する人達は、和解や請求の放棄を 余儀なくさせられたり、貯金や家を処分して資金を作らなくてはならなくなる。 などの問題があると、報告している(注113)。
4 複雑さ
「民事司法報告」では、余りにも沢山の事件が不必要に高いレベルでとりあつ かわれている、と報告されている。人身被害の事件のうち、ハイコートでトライアルに至った事件中三〇%の事件が、カウンティコートの管轄内の事件であり、 また、二五〇〇〇ポンドまでの事件については一般的にはカウンティコートで取 扱いうると報告されている。右の人身被害の一方で、貸金建物事件などは、訴額 がかりに小さくともそれに不釣り合いなほど、困難な事件があることも報告され ている(注114)。
5 司法へのアクセス
本人訴訟にたいする対応策をどのように対処すべきか、書式は難しくないか、 コストが司法へのアクセスを阻害していないか、が論じられた(注115)。

第3 「民事司法報告」における右非効率に対する改革案

1 提案の柱

右の非効率の解消のため、「民事司法報告」において、裁判所間の事務分配 の見直し、当事者、法律家、裁判所による手続きの改革、裁判資源のマネージメ ントの見直し、等が提案された。


2 裁判所の事務分配の見直し

報告委員会は、ハイ・コートにおける訴額・実際の判決額にたいする分析をし た。1987年の女王座部における一般リストにのせられた事件のうちトライア ルのなされた件数は、1900件であり、そのうちで金銭的評価を伴ったものが 1260件あり、金銭的評価額25000ポンド以下の事件が全体の78%を しめた。また、当時のカウンティ・コートの管轄上限である5000ポンド以 下の事件も全体の33%あった。右を、審理を行った裁判官のレベルから検討すると、1987年においては金銭評価を伴った訴訟のうち、ハイ・コートジャッジのなしたトライアルは830 件あり、そのうち、30%が5000ポンド以下の事件であり、1万ポンド以下 の事件が全体の52%を占める。そして、2万5000ポンド以下の事件という ことになると全体の77%になることが明らかになった。右の調査報告に基づき委員会は、かなりの件数の低額もしくは中レベルの額の 事件がハイ・コートで扱われ、ハイ・コートジャッジによって審理されているよ うに思えるとし、事務分配において非効率があるとする。そして、かかる非効率 が二つの形で遅延を惹起しているとしている。その一つは、本来的に困難な事件 が、単純なローレベルの事件に審理を妨害されている点であり、いま一つは、ハ イコートでは、本来的に事件がのんびりと進む傾向があるように思える事である 。そして、報告委員会は、単一の裁判所制度の採用の可否についても検討したが 、結局ハイ・コートとカウンテイ・コートは別の裁判所のままとすべきであるが 、カウンティコートの上限を増加する新たな基準を導入し、カウンティコートの 専属管轄を定め、移送制度を改良すべきであると提案した(提案1)(以下、提 案とあるのは「民事司法報告」における改正提案の番号をさす)(注116)。そして、ハイ・コートは、1公共法事件(司法報告、控訴、その他の公共 的もしくは行政的性質をもつもの)2その他の専門家の事件3重要若しくは複雑な一 般事件に専念すべきであるのにたいし、カウンテイ・コートは、管轄の上限を定 めるべきではないという提案をしたのである(注117)。

3 手続きの改革


3.1 民事司法報告における提案
「民事司法報告」は、手続きの改革のために種々の提案をなしている。なお 、この手続きの改革における提案を深く理解するには、「人身被害レポート」の 記述とあわせて理解するのが便利である。(注118)

3.2改革の基本的な方向性
改革の基本的な方向性については、「人身被害レポート」における「変更への 選択肢」の最初のパラグラフが参考になる。右文章は、制度改正の目指すところ として1早期に手続きを開始させること2大多数の事件においては当事者の正義が行われたとの確信を失うことなくコ ストの減少と時間を短縮すること3大きな、困難な事件においては、コストの増大や当事者の結果のクオリティ にたいする信頼減少を伴うことなしに、より一層早期のトライアルもしくは和解 を実現すること
を上げている。(注119)。
3.3 手続きの開始について
1)早期の手続き開始(右1参照)については、「人身被害レポート」におい ては、
1事故から一二か月以内に手続きを開始する事を要求するように出訴期間を短 縮させること

2個人傷害事件を取り扱うソリシターに特別の資格を要求すること

3被害者から相談をうけたソリシターに、相談後一定期間以内に手続きを開始 するように義務づけること

の三つのステップを検討しうるとされた。

2)これらの点については、(人身被害との関係のあるものについてではあるが )1関係者に対する諮問においては、リットの発行までに時間がかかる点が遅延 を引き起こす原因の一つであることは認められた。しかし、三年の出訴期間を一 二か月に短縮する提案は、支持をえられなかった。(これは、慎重な原告を不利 にするという理由とECの製造物責任法についての指令案と潜在的に抵触すると いう理由による)。
2個人傷害事件においてソリシターの専門家資格を要求することの可能性につ いては意見がわかれた。ロー・ソサエティが、プロフェッショナル・スタンダードを向上させるために排他的な専門家資格が望ましいとは考えていない、とし たこともあり、提案としては、取り上げられることはなかった。
3.4 大多数の事件について
1)右の22で述べられている大多数の事件の処理が抱えている問題点につき 、特にカウンティ・コートレベルの事件については、そのトライアル・システム が簡単で安価な紛争解決システムとして十分とはいえないことは明らかであるとし ている。2) そして、500ポンド以下の事件に適用されているカウンティ・コートの仲裁システム(法律家なしであまり格式ばらない審問をおこなう)は 、 一つの採用しうる紛争解決手続きであるが、事案が簡単な事件で、かつ、裁判 所が当事者を実質的に援助しないかぎり採用しうるものではない、とされた。3)他の選択肢としては、「刑事傷害補償委員会」制度の提供するモデルが考え られる(少額裁決制度)として、その具体的な内容が提案された。4)しかし、「民事司法報告」においては、右のような不法行為にかんする代替 的システムについては、直接導入が検討されたわけではなかった。諮問では、無過失責任システムの導入に好意的である意見がかなりあった。報告委員会はこ の提案を十分に検討したとはいえなかったが、無過失責任システムは、私的保険 により設けられ、あまり重大でない交通事故から生じる賠償に限定されるのであ れば、利点を多く有するものであるとの結論に達した。つまり、そのシステムは 、不確実さを避け、訴訟に伴う遅延とコストを免れることができ、一方で法廷シ ステムにかかる負担を減少しうる、と考えたのである。そこで、この点について委員会は「大法官は保険産業にたいする諮問をへて、 上述のような無過失責任システムの実現性について検討しなければならない」と 報告している(提案62)。
3.5 実質的な事件について
1)より実質的な事件、つまり、事案の対象が深刻な問題であるとか、または 、事案が複雑であるとか、法律が困難であるという事件(右22)3参照)につい ては、コストを減少しうるための効果的な方策というものはフル・トライアルシス テムの下では考えにくい、とされ、むしろ、そのような事件では不必要な遅延を 除去するのを目的とすべきだ、ということになる。
つまり、手続きの目的としては、早期の和解もしくはトライアルを実現するよ うに指揮されなくてはならず、法廷は、タイムテーブルをセットし、維持し、事 件を振り返り、トライアルの争点を限定する責任と権限をあたえられなくてはな らないということになる。2)そして、その実現策のためには、「人身被害レポート」によると の4点がキイ・ポイントになるとされた(注120)。
3.6改革の具体的方策
1)改革の具体的な方策として全ての事件に共通する対策として提案された事項 は以下の通りである。
1送達の期間の短縮化(提案17)
リットの発行から送達までの一二か月の期限を四か月に短縮すること、および 当該期間内に原告の「請求の陳述」が送達されるものとすること
2バーおよびローソサエティは、主要な訴訟のタイプでの行動に関連して職業 水準を文書化すること、実務家の専門化を促進するシステムは、競争と経験の両 方に基づく客観的な基準に基づくこと(提案18)
3訴訟開始手続きのリットへの統一化(提案19)
現在は、リット、オリジネェィティング・サモンズ、ペティション、オリジネ ェィティング・モーションなどとよばれている種々の民事訴訟の開始形態を、例外の場合を除いて、リットに統一すべきである、とした。
4 訴訟進行の管理システムの整備(提案21)
ここでは、訴訟の進行の管理の目的として
(ア)事件は、合理的な時間内に和解により処理されなければならない
(イ)両当事者は、和解およびトライアルの準備のために相手方に関して十分 な情報を有さなくてはならない
(ウ)トライアルについての適切な準備、関連する争点の明確化及びそれらの 争点を明らかにする為の証拠の明確化が行われなければならない。
(エ)トライアルの準備のできた事件は、遅延なしで審理されなければならな い。
(オ)トライアルの行動は迅速でなくてはならない、問題、証拠、議論は正義 の許すかぎり、効率的な方法でなされなければならない、等の点があげられてい る。そして、上記の目的を実現するため、必要とされるガイドラインが訴訟ルー ルにより明らかにされなくてはならず、また、裁判所による介入も必要とされる としている。
5 陳述書提出義務の拡張(提案22)
証人の陳述書の早期の交換は、(ア)早期のより良き和解の基礎となり、(イ )トライアル前の準備を改善し、(ウ)争点を明らかにし、証言をとる必要性を 減少させることによりトライアルを短縮する、という目的を有する。陳述書が相 手方に対して送られていない場合には、特に許可のないかぎり証人として尋問を 請求できないものとすべきであると提案された。
6 さらなる開示をすすめるための変更(提案23)
デポジションの導入についての検討もされたが、時間がかかり高価なものとし て導入は否定された。しかし、質問書や事実認否通知書の活性化が唱えられた。 (注121)
7裁判所によるトライアル前の取扱(提案24)自動的に適用され、全ての事 件に対応する適切な標準ダイレクションが工夫され、そこでは、当事者が申立に より、追加の開示や行動についての指示を得ることができるようにされるべきであるとされた。また、タイムテーブルと比較して 訴訟が遅延している際には、事前の注意や期間の延期を限定的にしかなしえない ようにすべきともされた。
また、争点、審理の範囲、参照されるべき証拠、法的観点について議論のなさ れるプレ・トライアル・ヒアリングについては、和解の可能性があるために、ジ ャッジおよび代理人の準備を全て無駄にしてしまう恐れがあるが、その一方でト ライアルをきわめて効率良くする点を看過すべきではないとされた。そして、ハ イ・コートジャッジのもとでさらなる調査のうえ検討をなす必要があるとされた 。
8 トライアル手続きの改善(提案25)
トライアルの手続きの改善のために以下の項目が提案された。
・ジャッジの便宜のため当事者による事案説明書の提出の義務化
・ジャッジによる資料の事前チェック
・バリスターの弁論の柔軟化
・陳述書交換済の場合の反復の防止
・書面による弁論の合法的利用および書類の長々とした引用の防止
9その他の事項
その他にも
・民事における伝聞証拠法則の廃止をも含めた再検討(提案26)
・共通のベースをもつ当事者が多数の場合の処理に関する検討委員会(クラス ・アクションを含む)の設置(提案27)(注122)
・手続き規則のハイ・コートとカウンテイ・コートにおける共通化を図ること (提案28)
・証人陳述書、リット、判決の公開化(提案33)(注123)
等の点が提案された。
2)また、人身被害事件に特徴的な対策として(注124)
1警察の事故報告書の早期提出(提案59)
原告のソリシターは、刑事訴追手続きが進行中もしくは公訴提起の可否がいま だ決せられていない段階では、警察は、事故報告書を提出しない実務であること を指摘した。そこで報告委員会は、かかる刑事手続きに係わりなく出来るだけ早 期に事故報告書が提出されるようホーム・オフィスが手段を講じるよう提案され た。
2医療報告書の早期公開・提出(提案60)
事件の進行を遅らせる主たる原因の一つとして医療報告書の提出・開示に時間 がかかることは、一般に認められている。そこで、「人身被害レポート」におけ る医療報告書や関連書類のリット送達後の早期開示の提案は、幅広い支持を得た 。また、医療報告書は、損害の量についての陳述書(例えば、特別損害の陳述書 や将来の所得のロスの評価)を伴わなくてはならない、という提案も諮問におい て支持を受けた。
右のような諮問の結果にもとづいて
1病院に対し医療報告書をより早期に提出するのを促す制度の整備がなされな ければならない。

2原告はそのような報告書をリットの送達後出来るだけ直ぐに相手方に送達し なければならない。そして、裁判所は、提出を命じる命令を下せるようにしなけ ればならない。

3裁判所規則によってかかる医療記録には、出来るかぎり、最新の特別損害の 陳述と将来の所得のロスに対する陳述とを一緒にしなくてはならない。

という点が提案された。
3分離トライアル命令(提案61)
原告の将来の医療状況が適切に予測できないことは、手続きにおける遅延のう ち回避しうるものの一つである。そこでこの点についての方策としては
(i)責任の争点を損害額の争点に先立って審理しうるものとすること
(ii)一度、責任が認められ、若しくは証明されたら、その時点までの特別損害 (実際の治療費、付添い看護料、トライアルまでの収入の減少、など)および被
告に最も有利に仮定した一般損害(苦しみ及び痛み、快適さの喪失、将来の収 入の減少、稼働能力の喪失、など)を強制的に支払わせること(注125)
(iii)一般損害は、事故の日からの現実的な率の利息を付すこと
(iv)一般損害は、評価される際に、事故からのインフレーションの割合を反映 すべきこと
などが考えられる。
全ての個人傷害事件において和解の範囲を確かめるため、そして、和解のでき ないときには審理されるべき争点を明らかにするために予備的ヒアリングを行う という提案については回答が分かれた。これに対し分離トライアルの有効活用に ついては幅広い支持が得られた。現状では(当時)当時者の一方からの申立のあ った場合のみ分離トライアルを認めていたが、報告委員会は、裁判所は、分離ト ライアルを命じる権限を有するようにすべきであると結論づけた。

4 司法行政上の改革

1また、上記報告は、同様に上記非効率に対する対策として、司法行政上の対 策についても触れている(注126)。その内容を簡単に紹介すれば、
2個人の判事は、彼に配転された事件の効率的処理について個人的な責任を担 っている。そして、それぞれの事件についてペースや経過時間を管理し、リスティングについて権限を行使するのである。が、その上、事件の処理は、事件が 配転されたティームによって処理されるものである。このティームによる処理の 中で最も発展したものは、統括ジャッジのシステムである。そして、統括ジャッ ジのリーダーシップのもとでの民事司法ティームの強化が必要である、とされた 。
3報告における提案は、実務家にとって慣れないものであろう。そこで、移行 期において統括ジャッジは、実務家との意見交換会を実現すべきである、とされた。
4また、法廷事務に関しては、ジャッジとスタッフの協力がより大切なものに なり効率的な運営がなされなくてはならない、とされた。そして、今回の提案により、もっともインパクトを受ける法廷のスタッフについては、改革の全ての 点について良く説明がなされ、変更を受け入れるよう指導されなくてはならない 、とも提案された。そのため、詳細なトレーニング・プランがつくられ、改革の 目的の周知および改革を支えるテクノロジーの訓練がなされなくてはならない、 とされ、また、カウンティ・コートの事務分配をシフトすることによりスタッフ の数と住居を早期の段階において検討しなければならない、と示唆された。
5以上の点に加え、
・期日リスト事務の重視

・コンピューターによる期日管理化

・ハイ・コートジャッジの長期バケーションの八月のみへの限定

などの点が報告された。

5 司法へのアクセス

1本人訴訟にたいする対応を含めて、司法へのアクセスという項目で種々の事 項が検討されている(注127)。そこで議論されている事項は、
2本人訴訟の際は、
1)干渉的ベースで事件を取り扱うこと
英国においても本人訴訟というのは存在するが、その点につき、民事司法報告 は、少額事件の多数、貸金、不動産の事件は実際、当事者間に不平等があるのに もかかわらず、それを基に取り扱われている、としている。つまり、そこでは、 一方当事者が法的な資格および経験を有する代理人によって代理される会社もし くは自治体であるのにたいし片方は代理人なしの個人によって訴訟が行われるの である。そこでは、実質的な平等を担保するために片方の当事者が代理されていない場 合にジャッジおよびレジストラーが干渉的アプローチを採用すべきだ、という提 案がなされた。この点についての諮問にたいしては、裁判官と代理人の役割を混 乱させるものである、という反応もあったが、報告委員会は、干渉的アプローチ が既に行われている少額事件において、レジストラーが適切なバランスをとって いると考えられるとし、この原則は、貸金・不動産の事件にも当てはまると考え 、この原則を一般化すべきだと提案している。
2)カウンティコートでの少額・貸家訴訟等においては、裁判所の裁量により一 般人の代理権もしくは補助権を認めることを法制により認めること
現在、少額事件においては補助者が当事者を助ける事はしばしばみうけられて おり、代理権・補助権の拡張が諮問されたが、バー・およびロー・ソサエティと もに賛成であった。商業的な利益を目的とした助言者や違法な代理人、無能な代 理人にたいしては、裁判官により解決がなされる、と委員会は考えた。
3裁判所と当事者間の連絡文書については、
1)レイアウトが曖昧である2)古風な、もしくは専門家の英語をもちいており、しばしば関連する規則、法 律の用語法に極めて近い用語をもちいる3)どのように様式を完成させるべきか、適切なガイダンスがなされていないと批判されている。そこで、委員会は、連絡文書は、法律用語を避け、規則の要求するところをパ ラフレーズした平易な英語で記載され、中央で画一的に作成され、地方間の相違 を避けるために標準化されるべきことを提案した。
4その他、・待合所、相談室、飲料、公共への情報提供等の裁判所の建物の構 造、設備の改良プログラムが重要事項として維持されつづけること。・成功報酬制や他の インセンティブ制度の禁止をみなおすこと。
などが提案された。
5人身被害事件について
人身被害事件に限ってみた場合に、(注128)
1)報酬
バーもロー・ソサエティも個人傷害事件のコストが高すぎると思っているにも かかわらず、報酬は、なされた仕事に対し正当な評価を超えたものではないと考 えている。ロー・ソサエティは、コストに関する民事司法報告の結果については 、司法手続きなしに処理される事件を除外している以上非現実的なものであると 考えている。
2)広報
潜在的な利用者にたいして裁判をおこす権利のあること及び必要な最初の手段 についての広報がなされなくてはならない。
という一般的な報告が「民事司法報告」でなされている。

第4 改正された事項

1 ハイ・コートとカウンティ・コートの事務分配について

以上の提案を基にして、一九九〇年の「裁判所と法律実務に関する法律(コー ト・アンド・リーガルサービス・アクト)」は、そのパート一・セクション1で 大法官の命令により、管轄についての定めをなすことを定めた。そして、それに 基づいて命令が定められ一九九一年七月より、全ての契約・不法行為・土地回復 についてカウンティ・コートが取り扱う事が出来るようになった(注129)。
2 「民事司法報告」における民事訴訟手続きに関する提案のうち、既に改正 がなされている事項としては、以下の事項が挙げられる。(注130)。
1送達の期間の短縮化(最高法院規則オーダー6ルール8)
1983年以来12か月有効であったリットは、1989年の規則の改正によ りその有効期間が4か月に短縮化された(注131)。この改正は、1990年6月4日から発効している。また同時にリットの有効期間の更新の条件もより厳 しくなっている。
2陳述書提出義務の拡張
同オーダー38ルール2Aは、裁判所は、適切と考えるときはいかなる時でも いかなる事柄についても当事者に対し陳述書を提出することを命じることができ ると定めたのを始めとして種々の開示の規定を定めた(注132)。さらにまた 、同オーダー36ルール37は、専門家の報告書に関するトライアル前の開示に 関して個人傷害事件とその他の事件との区別を除去した。すなわち、裁判所は専 門家の報告を引用する事件すべてにおいてその報告の開示もしくは交換を命じる こととなる。3 質問書の手続きの改正トライアル前の開示における根本的な変化としては、質問書のルールの改正を 挙げることが出来る(同オーダー26ルール1)。具体的には一九八九年の規則 改正(発効は、一九九〇年二月五日)は、「民事司法報告」における提案を採用 し、両当事者に「裁判所命令なしの質問書」の権限を認めた。つまり、裁判所の これに反する命令のないかぎり当事者は、自動的に質問書を送付しうる権利を有 することとしたのである。(注133)。そして、これは、司法報告の提言に対 する改正の成果のうちの一つであるとされる。
4事実認否および書類提出の改正
一八七五年以来行われてきた「損害額についての主張はすべて特に認めないか ぎり争われているとみなす」というプリーディングにおけるルールは、放棄され 、さらに、原告は損害額の算定の際に用いた具体的事実を述べなくてはならない 、とされた(同オーダー18ルール12)。そして、個人傷害事件においては、 一般に「請求の申立」と一緒に(ア)医療報告および(イ)既発生の経費、損失 、および所得および年金の権利の損失を含む将来の経費、損失の具体的な内容を 含む特別損害の申立、を送付しなくてはならない、とされた(同オーダー18ル ール1Aなど)(注134)。
5サマリージャッジメント制度の拡張
1991年2月から効力を有するようになった同オーダー14Aは、裁判所が 法律問題もしくは書類の解釈について、フル・トライアルを用いるまでもないで 決することのできる問題であるとか、もしくはその点について判断を下すことに より全ての問題を解決する事ができるとか考えたときは、手続きのいかなる段階 においても、裁判所に、その問題に関して、請求原因や争点を却下したり、また 、公平と考える命令・判決を下すことができたりする権限を認めた。このルール改正により、被告の抗弁が、完全で「立つ」時に、そして、それが 法律の観点からしか(原告が)議論しえない時には、裁判所は、その問題につい て、直ちに決定する事ができ、事件を却下する事ができるようになったのである (注135)。
6バンダルズ(裁判記録)の事前提出制度の改正
同オーダー34ルール102)において、固定期日の少なくとも丸二日前に原告 は、1交換された証人陳述書および明らかにされた専門家の報告書(内容の認否 を示したものを付して)2被告がバンダルの中に含んでほしいと望んだ書類およ び原告が事件に取り重要であると考えた書類3争点についての要約書、引用され るべき先例のリストとともに明らかにされなくてはならない法的見解についての 要約、関連した事柄の時系列表を提出しなくてはならない、とされた。これらの改正によりトライアル・ジャッジがトライアルの以前に争点および先 例の要約とともに全ての必要な証人陳述書および専門家報告を読むことを可能に しようとしたのである。(注136)

3 なお、英国における民事訴訟手続きについての改正作業は、現在において も継続的になされており、その全てをフォローすることは到底、一個人の手に余 るものである(注137)。

しかしながら、英国の民事訴訟手続きの改正点を分析し、しかもその改正の効 果をフォローすることは、我が国の民事訴訟手続きの改正に対しても示唆すると ころが大であると思われる。

(注101) 正式には「Civil Justice Review/ Report of the Review Body on
Civil Justice 」 (Presented to Parliament by the Lord High Chancellor by Command of Her Majesty:June 1988 )

これは、「イングランドとウェールズの民事司法制度を改善するため、特に遅延、コスト、複雑さを減少させるために管轄、手続き、法廷管理の改良をはかる」ための一九八五年の当時の大法卿による諮問に対する報告書である。これは基本的には1訴訟記録や当事者等の記録・記憶に基づき特定の実務の研究を行い、それに基づき2管轄・手続き・判決に関する一般的な提案およびその観点からする変更を提案し3種々の法廷および特別部において業務から組織にいたる問題について検討すること、により報告をなすことを目的としている(同パラグラフ36、37)。 この1の事実調査として人身被害事件、少額事件、消費貸借事件の執行、コマーシャルコート、住居事件(ハウジング)の各分野について、事実調査がなされた。そして、それらの結果は、分析、問題点の提示とともにコンサルテーション・ペーパーとして各裁判官、バリスター、法曹団体、その他の法的団体等に送付され、それに対する回答がこの報告のもととなっている。

(注102) 正式には「The Work and Organisaion of the Legal Profession
」成功報酬制や不動産取引についての制度改革についても同時に発表されている。詳しくは、長谷部・前掲23頁、石黒・前掲43頁参照
(注103) (注101)で触れたように、「民事司法報告」は、種々の分野ごと
の報告書およびそれによる諮問とその結果をベースとしている。

人身被害事件の分野におけるレポートは、正式には「Civil Justice Review/PERSONAL INJURIES LITIGATION 」(一九八六年二月・以下「人身被害レポート」という)という。この「人身被害レポート」は、全部で五章からなり、とくに三章では、インブュコン・マネージメント・コンサルタント社によりなされた事実調査に基づくデータを含んでいる。この事実調査は、1四三〇件余りの訴訟記録2ソリシターにたいする回答書(一四四〇通が発送され三一%が回収された。)3コストの勘定書(ビル)に関する検討によってなされている。

コマーシャル・コートの事件処理についてのレポートは、正式名称を「Civil Justice Review/The Commercial Court 」(一九八六年一一月・以下「コマーシャルコート・レポート」という)という。この「コマーシャルコート・レポート」も、全部で五章からなり、二章では、クーパー&リブランド・アソシエイト社によりなされたコマーシャル・コートでの実務についての事実調査に基づくデータの要約を含んでいる。この事実調査は、1四七八件の訴訟記録(一九八二年にリットが発行されたもの)2ソリシターにたいする質問書(右四七八件中二三二件についてはより詳細な調査のため回答書を発行し、そのうち一一七通が回収された。)3コストの勘定書(ビル)4コマーシャルジャッジにたいするインタビューなどの手段によってなされた。

(注104)「司法統計」(Judicial statisticse) 一九九一年版・三三頁。い
うまでもなく、民事司法報告においては当時の数字が紹介されている。
(注105) コマーシャル・コート・レポートにおいてなされた事実調査のなかに
は事件の処理状況についての調査がある。右(注103)でふれたソリシターに対する質問書一一七通のうち、一〇三件については明確に事件処理の状況が明らかになっている。それによると、一〇パーセントは、サマリー・ジャッジメントにより事件が終結している。残る(実質的な争いのあった)九一件のうち、トライアルまで至り判決に至ったのは一五件にすぎない。本文で、一五のケースがあるとしているのはこの一五の事件をさしている。

なお、和解もしくは取り下げられた七六件について何時の段階で和解等に至っているかをみると、みると、ポイント・オブ・クレイムの段階で二五件、答弁段階で一七件、ディスカバリーの段階で九件、残りの二五件がトライアルの終結迄で和解に至っている、というデータがある。

(注106) なお、コマーシャル・コートでは一九八三年から、三日までの事件、
二週間迄の事件、二週間以上の事件に分けてトライアルの期日をいれているとのことである。
(注107)「民事司法報告」パラグラフ六七・六八
同様の記載が「人身被害レポート」三五頁にある。
(注108) 英国におけるコストの概念
一 英国においてコスト( 費用、costs ) という概念は、米国や我が国での「( 訴訟) 費用」という概念と異なり、弁護士費用を含むものである点が異なる。また、英国におけるコストの定めは、民事訴訟における当事者の行動の合理的コントロールに役立つようになっているように思われ、非常に重要な役割を果たしているように思われるが、我が国においては今までそのような観点からする手頃な紹介がなかったように思われる。

(もっとも、コストには、ソリシターが依頼者にたいして請求する報酬および費用の合計額という意味もあるが、ここでは、以下、裁判所が一方の当事者にたいして支払うよう命じる「コスト」について触れることとする(コスト一般の説明としてリチャード・プレイル「イギリスの訴訟費用」自由と正義・四三巻八号四七頁))。

このコストは、1ソリシターの報酬2ディスバースメント( 訴訟に関連した費用、具体的には、法廷利用料、バリスターの報酬、証人費用その他) の二つの概念を含むものである。そして、ソリシターの報酬は、時間報酬制(アワリー・チャージ)によってなされる。

二 タクスゼーション(訴訟コストの算定)の手続き

1 英国におけるコスト負担の一般原則は、敗訴者負担主義( follow the event ) であり、その額は、裁量によるとされている(最高法院規則オーダー62ルール3)

当事者が受け取るコストは、「タックスド・コスト」とよばれ、裁判所の「タックシング・オフィサー」という裁判官によって認められなければならない(同オーダールール34))。そして、これらの訴訟コスト算定の手続きを「タクスゼーション」という。コスト負担命令は、種々の段階になされうるが、特段の事情がなければ手続きの終了時に纏めてなされる(同オーダールール8)。

2 タクスゼーションにおいてコストの総額は、1ベーシス2スケールの二つの観点から決定される。

このベーシスには、二つの種類がある。つまり1標準ベーシスと2賠償ベーシス(インデムニティ・ベーシス)の二つである。

標準ベーシスは、「合理的にかかったすべての費用の観点からみて合理的な額」と定義され、その合理性について疑いがあれば支払う当事者に有利に考えられるものである。是に対し賠償ベーシスは、「不合理な額や不合理に引き起こされたものでないかぎり全てのコスト」と定義され、その合理性についての疑いは、受け取る側に有利に解決される。(二つのベーシスは、合理性についての証明責任が異なっている。従って、合理性についての疑いのないがぎり二つのベーシスは、違いをおこさない)

「合理性」についての疑いを引き起こす場合として、

1勅撰弁護士の利用の場合

2証人の数

3ソリシターの格および利用の合理性

4時間チャージ制のレートの妥当制

等が挙げられている。 そして、裁判所が特段の定めをしない場合には、標準ベーシスによって支払われる(最高法院規則オーダー62ルール12) 。

一方、どのような仕事(例えば、手紙作成、バリスターへの指示書作成)に対しどの程度の額がコストとして支払われるか、がスケールの問題である。これについては規則に定めがある。高等法院では、一つの定めしかなく、また、金額については定めがないので、具体的な額はタクシング・オフィサーの裁量によることになる。これにたいしてカウンティ・コートでは、四つのスケールによってコストが計算される。

3 高等法院におけるタクシングの手続きに際し、勝訴当事者(のソリシター)は、ビル(請求書)を作成しなければならない。ビルには、何時、どのような手続きに、どれだけのコストがかかったか、が詳細に時系列に従って記載されている。(現実には、あまりにも細かな処理が必要となるため、専門のビル作成業者に依頼する場合が多い。)

そして、命令を得ようという段になると、審問の期日をいれ、書類とともにビルを提出する。そして、七日以内にビルのコピーを相手方に送り、その旨を裁判所に通知する。そして、審問では、タックス・オフィサーが項目毎に認めたり、減額したり、場合によっては認めなかったりする。

4 タックス・オフィサーが項目毎に検討する過程においては、1そのコストが現実にかかったか2そうかかるのが合理的であったか3合計額は合理的なものであるか、の点について検討しなくてはならない、とされる。

特に、当事者が不合理もしくは不適切に行動したり、もしくは懈怠したと裁判所が認める時は、裁判所は、かかる行動もしくは懈怠によるコストは、認めることができないと命令を下すことができるし(同オーダールール28)、さらに、逆にその当事者がコストを支払うべきと命じることもできる(同オーダールール10)。

5 具体的には右のような手続きによってコスト負担命令がなされるが、実際の運用では、全面的に勝訴した当事者でもビルの六割から七割に減額されて認められる例がかなり多いのが現実であるようである。

(注109) (注103)の人身被害レポートでふれた調査のうち、3のビルの調
査については、二三二のビルについての調査がなされ、また、ソリシターからの回答書については、一四八通の回答を得た。七三通が原告からのものであり、六三通が被告から、六通が両当事者からのものである。「人身被害レポート」二五、二六頁・ただし、これは一九八〇年から一九八二年までに召喚状の発行されたものに対する調査である。
(注110)「人身被害レポート」二九頁・テーブル八参照
これは、成功原告の得た額に対し、どの程度の額が原告のコストとして消費されたか、を調べ、その割合に該当する事件が全体の事件のうちどの程度を占めるかを調べた数字である。( ここで「消費される」というのは、実際にかかったコストを意味する。結局は、原告は、タクスゼーションにより被告から一定額取り戻すことができるが、その点はここでは触れていない。)

なお、CCとはカウンティコート、DRとはハイコートの地方登録所、RCJとは、ロンドンの王立裁判所を意味する。

(注111) 同三二頁・テーブル一一参照
このテーブルは、原告が一ポンドを取得するのにあたり原告・被告それぞれどれだけの費用をかけたか、という平均の数値を纏めたものである。従ってこれらの数値の単位は、一ポンドあたりポンドである。

なお、右テーブル一一の調査では、特に高い五つのビルは除外されている。

(注112) 同三〇頁テーブル9参照
(注113) 「人身被害レポート」三五頁
(注114) 「民事司法報告」パラグラフ71・72、「人身被害レポート」二四頁
(注115) 「民事司法報告」パラグラフ80、同343以下
(注116) 「民事司法報告」においては、報告委員会が各界にたいする諮問をも
とに民事司法の改正について数々の提案をなしており、その数は全部で91に及ぶ。
(注117) 訴額については同 パラグラフ92以下、裁判官のレベルについては 同 パラグラフ99、非効率の中身については 同 パラグラフ101において、それぞれ検討がされている。
裁判所制度については単一の裁判所制度の採用と現在の制度についての改善の両方が検討されたが効果、実現性、受容性、経済的観点などの点から単一の裁判所制度は、採用されなかった。

ハイ・コート事務の限定については、提案2、カウンティ・コートの管轄の上限を廃止する点については提案3。

(注118)「民事司法報告」が、種々のコンサルティング・ペーパーおよびそれに基づいてなされた諮問結果をベースとした議論によることは、前述の通りである。
ここで具体的に人身被害事件を基にふれると、「人身被害レポート」において、人身被害事件の処理の抱える問題点およびその改善のための方策(「変更への選択肢」)が細かく提案されている。つまり、「人身傷害レポート」第五章は「変更への選択肢」として、1目的2早期の手続き3小額事件について4より実質的な事件について5医療に伴う問題点6フル・トライアル・システム7事件の開始などの項目ごとに検討をなしている。これは、現行(当時)の制度にたいする事実調査((注103)参照)およびそれにたいする結論を踏まえたものである。また、それらを前提に四四項目の質問が次の章でつくられ、検討事項として各裁判所、法曹団体、各法律事務所等に諮問されている。そして、その諮問結果をも一つの根拠として「民事司法報告」が纏められている。

「民事司法報告」は、パート1の「民事司法システム」とパート2の「司法実務のキイ・エリア」から成り立っている。そして、パート2の最初の章において、「人身被害」について詳細に述べられているだけではなくパート1の「民事司法システム」のパートにおいても人身被害事件に対する考察にかなりの重きをおいていることは明らかである。それゆえ、人身被害レポートの各記述、「民事司法報告」の各検討事項などにおいて民事訴訟手続きの改善について検討された内容は、その詳細さにおいて注目すべきものがあり、これを検討することは、我が国でも参考にもなろう。

(注119)「人身被害レポート」三七頁
この2と3の比較から、英国の司法においては、通常事件について、遅延とコストが問題視されており、大型・複雑事件については(コストの問題はそれほどでもなく)むしろ遅延が問題視されている事を読み取ることができると思われる。
(注120)このキイ・ポイントに挙げられた迅速な訴訟の為の基本的な理念と例えば第一東京弁護士会編「新民事訴訟手続試案(迅速訴訟手続要領)」八頁の基本方策との間に類似性を見つけることは容易であり、民事訴訟の基本的枠組みが異なるにもかかわらず改革の方向性が一致していることは示唆に富む。
なお、この1の「トランプを表に」という言葉自体、ディスカバリーの基本理念を示すものであり、また、デービーズ対エリ・リリー会社事件判決の中のドナルドソン卿の言葉でも同様の表現がなされている(この判決については後出(注202)参照)。
(注121)報告は、「証人の陳述書の強制的交換の導入は、トライアル前もしくはトライアル時の訴訟行為に広汎な影響を有するであろう。その提案は、時間を消費し、高価である口頭質問書(デポジション)という制度への拡張・導入を不必要にしている。」(「民事司法報告」パラグラフ236)としている。 右パラグラフ236は、つづけて「しかしながら、より情報をもたらしてくれる訴答手続きへの改良、質問書や事実認否の通知の利用の増大が望ましい」としている。具体的には、
1情報を伝える訴答手続き 最高法院手続き委員会の「損害賠償の被告は、答弁書において損害に関し依拠する事実について全て述べなければならない」という提案が採用されるべきである

2質問書の活用

質問される相手方の申立により裁判所がこれを禁じる命令をしたのでないかぎり当事者が自動的に質問書を利用する権利をもつべきである

3事実認否の通知

当事者が、特定事実もしくは書類について認める事を拒絶し、のちに、法廷で証明された場合において特定の項目を証明するためのコストを越えて適切なコスト制裁を課す権限を与えること として具体的な提案を行っている。

(注122)報告によると、特定の家主にたいする沢山の賃借人の事件や欠陥(とされる)商品による沢山の事件に関連し、改革が必要かもしれない事が明らかになった、とされる。そこでは、一つないしは幾つかの事件を選び、その事件の結果に従わせるということが一つの解決策かもしれない、とされた。しかし、結局は、クラス・アクションにたいする十分な調査も得ておらず、また、諮問もしていないことから、別個の検討委員会の設置が提案されたに止まった(同 パラグラフ274乃至276)。
(注123)今回の「民事司法報告」における提案は、対応策をとらない場合には公開性の観点からは大衆や報道機関の裁判に対するアクセスを減少させる傾向をも有するかもしれない、とされた。つまり、陳述書の利用は、公開に対するものであるし、また、仲裁の活用は、非公開の審問を増加させることになるのである。
右のような観点から、法廷において用いられた証拠で読みあげられなかったものは事件終了後、公衆のアクセスが行われるべきである。もっとも医療記録については、法廷命令のないかぎり利用されるべきではないし、他の特別の事件については法廷はアクセスを拒絶する裁量権を有すべきである、とされた。 また、カウンティ・コートにおいてもリット・判決・命令にたいする非当事者のアクセスが認められるべきだとした。
(注124)以下の提案は、(注118)でも触れた「民事司法報告」のパート2の部分において提案されている事項である。
(注125)この特別損害と一般損害の内容は、我が国の損害賠償法の解釈で行われている用語法とは、若干異なっている。この内容については「Civil Litigation」オハラ&ヒル・七四頁以下参照
(注126)民事司法報告パラグラフ304以下
(注127)同パラグラフ343以下
(注128)同パラグラフ439・報酬について(xii)
広報について(xiii)
(注129)TheHighCourtandCountyCourtJurisdictionOrder1991
なお、小林二四頁参照

また、司法統計(一九九一)三七頁にもカウンティ・コートの管轄が拡張されたという点についての記述がある。

(注130)以下の改正事項は、ハイ・コートに関する改正事項で注目すべきものを挙げたものである。
以下1乃至4については、The Supreme Court Practice (1991) (Sweet & Maxwell) (その表紙の色から一般にホワイト・ブックと呼ばれている。)の序言中に記載がある。また、5及び6については同書の四版追補中に記載がある。
(注131)この点については、人身被害レポートおよび民事司法報告において、度々改正が示唆されていた所である。
(注132)この制度を含むルール2Aは、前出のホワイト・ブックによれば、「この規則は、トライアル前の手続きの開示手続きに向けての大いなる、そして、注目すべき進歩である。」と評されている(ホワイト・ブック1991・第一巻・六二六頁)。
(注133)(注121)で触れた質問書の自由利用の提言をうけての改正である(注134)これらの点についても「民事司法報告」および「個人傷害レポート」で 改正についての強い示唆のあった所である。例えば第五・二・43)4参照のこと
(注135)ホワイト・ブックによれば「このオーダーは、オーダー14にもとづく
サマリー・ジャッジメントの申立に対処するさいの裁判所の権限を強化するものである。つまり、法律問題について法的に理由のある答弁をなすことの許可を与える代わりに直接にその問題を決定し、サマリージャッジメントを下すことを可能にしたものである。」とのことである(四版追補22頁)。
(注136)これらの点についても既に「民事司法報告」および「個人傷害レポート」で改正が求められていた点については、本章第三・三・61)8参照
(注137)今回の改正に関しても、スモール・クレームズコートについての報告書
等も持ちかえってきたものの十分な検討をなす時間はなかった。今後の課題となろう。

第二章 我国民訴法改正にたいする英国司法実務の示唆

第一 始めに

英国も民事訴訟において、遅延、コスト高、複雑性、司法へのアクセスなどの問題
を抱えており、報告委員会のなした種々の立法提案に基づいて現在、改正の真っ只中である点は前章でみた通りである。従って、英国の司法改革の実情を検討することは、我が国の司法改革においてもきわめて参考になるものと思われる。
もっとも、厳密な制度分析に基づき我が国の「民事訴訟手続きに関する検討事項」(法務省民事局参事官室・以下、「検討事項」という)を評価することは、筆者の能力を著しく超えるものであり、到底なしうるところではない。そこで、英国の実務を眺めた普通の弁護士が、もし、その目で「検討事項」を眺めれば、このような考え方もできるであろう、という感想を述べることとする。
第二 民事紛争の実体を一挙に明らかにするシステム
民事紛争の適正かつ効率的な解決をもたらすためには、裁判官を含む全関係者が紛争全体を早期に把握するシステムの確立が極めて重要であるという認識が英国における法曹の共通理解であるように思われる(注201)。この点について少し詳しく触れてみると
一民事訴訟改革の基本方針
我が国では、「真実の発見とそれに基づく適正な判断」という点について、「訴訟は当事者間の闘技であり、裁判官はその単なるアンパイヤにすぎない」という考え方が、きわめて有力に唱えられている。そして、主張や証拠にしても出来るだけ後から相手に対して不意打ちになるように提出して、出来るだけ自己の主張を真実のように裁判所に思わせる事が上手な訴訟のテクニックとされているように思われる。しかしながら、このような訴訟観が世界的にみて一般的なものではないことは、ドナルドソン卿の以下の言葉をもって、明らかにする事が出来るといえよう。
「平易な言葉でいえば、この国での訴訟は『トランプを表向き』にして行われる。他の国からきた人のなかには、これを理解できないことというひともいる。『何故』彼らは言う。『相手方に私をうちまかす手段をあたえよ、というのか』と。勿論(その通りである)、その答えは、訴訟は、戦争でなければゲームでさえもない。訴訟は対立する当事者に真の正義を行うよう構築されており、もし、裁判所が関連するすべての情報を有していなかったなら、この目的を果たしえないのである」(注202)筆者個人の意見としては、このような考え方に立ち、民事裁判は、民事紛争を客観的な真実に基づいて紛争を解決する手続きであり、また、証拠は当事者共通の財産であり、お互いの証拠開示あるいは裁判所の適切な介入により紛争の全体像を明らかにすることによって適正な判断をなすものでなくてはならない、と認識しなくてはならないと考える。そして、そのように訴訟をゲームから真実発見の場へ高めることが、訴訟遅延の解消にとっても効果的であると考えられる。
二争点整理の問題
英国では、プリーディングにより、次第に争点は絞られていき、ディスカバリーとダイレクション・ステージを経て争点が整理され、トライアルに到達する(もっとも、殆どは和解等によって解決するのであるが)。この過程において英国では、原則として当事者のイニシアチブで争点整理がなされる点に特徴がある。そして、裁判所は、当事者間で問題の解決しない場合にその争点整理を補助するにすぎない、とされている。
我が国では、争点整理における公開性の問題が議論されている(注203)。英国の手続きをそのまま比較することは出来ないにせよ、最高法院規則オーダー32が「裁判官室(チェインバース)内での申立および手続き」として、争点整理のためのサモンズの発行を「裁判官室内」の仕事としており、同オーダー35が「トライアルでの手続き」として全く別個に手続きをさだめ、トライアルをするための準備的な手続きとトライアル自体の手続きとを別個のものと考えている点は、我が国の解釈でも参考になろう。(注204)。
もっとも、事案に重要性がある場合には、ジャッジによる法廷でのヒアリングも予定されている(同オーダー32ルール13)。
実務での手続きのすすめ方であるが、今回の英国での諮問において支持を受けているタイム・スケジュールの明定という考え方を我が国でも参考にすべきであろう(注205)。具体的には、一定の事件については、審理のかなりの初期の段階に審理計画を一応決めるようにすべきである。書証の事前交換はいついつまでになす、とか、証人はだれとだれとを何時調べるとか、かなり早期の段階で進行表のようなものを当事者間で決めるようにすべきであろう。このように納期が決まっていれば、少しくらい証人尋問が先になっていても当事者としては、精神的に訴訟が長くかかり過ぎるという印象は持たないのではなかろうか(注206)。
三証拠の収集と証拠調べについて
一の観点から、検討事項を眺めると、文書提出命令の一般化、および、文書に関する情報の開示制度が注目される。特に「検討事項」第五・一・2・(二)文書に関する情報の開示制度(特に2))は、自己に有利、不利を問わずその存在を相手方に明らかにしなければならない、という思想に基づくものであり、「トランプを表向き」でするという発想に共通するものがある。この点は、英国において自動的に書類のリストを交換しなければならないというオートマティック・ディスカバリー制度と比較対照すると興味深い。そこでは、1弾劾証拠であるか否か2自己が書証として提出する予定があるか否か、を問題にせずに事件の争点に関連のある一切の書類について開示をしなくてはならない。逆に、我が国で想定されている手続きは、裁判所のコントロールを通した上での開示手続きを考えている点に特色がある。英国の司法がそのコストのかかり過ぎる事が批判されていること(アメリカのコストの主たる原因と思われるデポジションがないにもかかわらずである(注207))から考えて、我が国において裁判所のコントロールを重視するという考え方には一定の合理性がある。しかし、はたして開示のメリットがどれだけ生かされるのか、きわめて疑問である(注208)。この点について、どの様にしてバランスをとるかが問題であるが、英国のような自動的開示制度を高額若しくは複雑な訴訟における特則として考えることはどうであろうか。つまり、訴額が一定額をこえる場合、事件が複雑である場合、もしくは証拠が構造的に偏在しがちな事件(行政事件、医療事件)などに限定して、文書にかんする(全面的な)開示制度を導入するのである(注209)。また、その情報開示に費やす通常の費用(弁護士費用)は、敗訴者の負担にする、という形で濫用をおさえる努力を考えらるべきである。
第三 民事訴訟の効率化の為の動きについて
一英国における司法問題として、非効率さがあげられ、その中でも裁判所における事
物管轄の見直しがかかる問題の解決の為の方策として挙げられた点は前述した。我が国において、かかる方策をそのまま用い、例えば、地方裁判所の事物管轄を今さらに引き上げて地方裁判所の負担を減らすべきであるとするのは、あまり現実的ではないであろう。(もっとも、「人身被害レポート」三九頁で提示されているアイデアを参考にしつつ、司法改革の動きとも関連して、地裁単独事件相当の損害賠償事件について書面審理のみですますという一定の裁決制度を裁判所内に設営し、その裁決者としてパートタイムの弁護士があたる、という制度は検討に値するのではないか、と思われる。)
司法運営スタッフの数という点からいけば、むしろ、日本の方が英国にくらべて多い位であろう(注210)。英国では、その限られたスタッフで如何にして効率よく民事紛争の処理をするか、という点に苦心しているのである。そして、その非効率さを内部の事務分担の工夫によって解消しようとしている点については我が国においても考えるべき点を含んでいるものと思われる(注211)。確かに司法の人的・物的施設の拡充というのは望ましいことであるが、むしろ当事者が準備できることは当事者の負担として裁判所には本来の判断業務に専念してもらうとするのも一つの行き方のように思われる(注212)。
二また、「和解」の位置付けも今回の改正の際に考えるべき問題のように思える。
英国においては、事件の解決に、「和解」がきわめて大きな役割をしめており、和解による紛争解決をむしろ前提として制度がなりたっているように思える(注213)。それも、ペイメント・インなどの制度などにより、和解に対してはそれが合理的なものであれば相手方としては一種の和解応諾義務がある(注214)。民事訴訟制度というのは、基本的には、当事者間で話合いがつけば、それはそれでかまわないとも考えられるし、また、そのように和解解決を制度的に奨励することによって、逆に裁判所の負担を軽減するというのも合理的であろう(注215)。
三二とも関係するが、コストの負担を上手にもちいて当事者の不当な訴訟遅延行為を
抑制していく、という考え方を採用できないかという問題がある(注216)。新しい開示制度と関連して相手方に文書リストを作成させておいて敗訴した当事者には合理的な負担を負わせるとか、和解を拒絶した当事者には、その和解提案後に増加した費用を勘案して負担額を定めるという経済的な方法をもちいて当事者の行動をコントロールする方法も考えるべきである。
かかる制度を考えるとして、弁護士費用の増減に関する規定は、事項を限定列挙して弁護士の訴訟遂行にたいする不当な干渉にならないように注意することはいうまでもない。かかる考えをベースにして、増減によるコントロールをうけるべき弁護士の行為としては、前述の文書リストと和解の場合以外に(注217)
1時期に遅れた攻撃防御方法の提出
2法定期日の延期の申し出
3文書の真正における立証に要した費用
4争点限定に応じずに増加した費用
等が考えられる。
第四 最後に
英国は、歴史と伝統の国であると同時に司法の点では、常にその伝統を見直し、積極的に司法改革を進めてきた国である。いまも民事訴訟制度・法曹制度の改革のまっただ中であり、また、法廷の衣装(コート・ドレス)についての見直しも行われている(注218)。しかも、そこでの民事訴訟の制度は、一般的にいって穏健かつ中庸を弁えており、また、実際的であるように思われる。我が国でいままさに民事訴訟制度の「世紀の改革」が行われようとしているときに英国の民事訴訟制度およびその改革の方向から学ぶことはきわめて有意義であると思われる。(注201)英国において、訴訟遅延の解決のために開示制度のより一層の徹底
を図ろうとしていることは極めて示唆に富むものといえるであろう。この点について前章(注120)、個人傷害レポート・パラグラフ102及び民事司法レポート・パラグラフ220参照のこと
(注202)デービーズ対エリ・リリー会社事件判決(一九八七年一月二一・二
二日)における言葉(「ウイークリー・ロー・レポート」一九八七年四月一〇日号・四三一頁)なお、判決文ではこのあと「しかし、防御壁が必要である。全て若しくは大部分のトランプを表に置くことを要求される当事者は、『この中には高い秘密性を有するものがある。相手方は、この訴訟の目的のために見ることができるのであり、公開法廷で証拠の一部として内容が公開されるのでなければ、他の目的の為に用いることは出来ない』ということができる。言われてきたように、書類のディスカバリーは、プライバシーにたいする深刻な侵害をもたらすので、両当事者間において正義を実現するために完全に必要な限りでのみ正当化されうるのであり、これが公平であるのは以上のような理由によるときのみである。」と続いており、かかる開示制度と目的の限定・秘密保護制度が表裏一体のものであることを明らかにしている。
(注203)中本・北尾・竹田「民事訴訟審理のあり方」自由と正義・四三巻一二号
(注204)そもそも、憲法のマッカーサー草案においては「Trials」とされていたのであり、トライアルと争点整理の峻別を前提とすれば、公開原則は争点整理には適用されないといえそうである。なお、検討を要しよう。
もっとも、これは裏から言えば、英国におけるトライアルの充実が関係しているとも考えられる。筆者の見学した例をとれば、日本の実務によく見られるような証人尋問の時間の限定ということは余り見られず、一人の証人に何日もかけて証人尋問をするということもまま見受けられた( なお、開廷時間は、一般に一〇時から一二時三〇分頃まで、二時から四時三〇分頃までである) 。一般的な事件においては約二週間程度の法廷を確保しているものと思われる。

証人尋問が終了すると両代理人の最終弁論が行われる。私の見学したパテント・コートでは、実際に一日かけて、法理論・先例・証人尋問での証言・各書証の要点等を指摘しながら自己の正当性を主張しており正に本来の口頭弁論が行われていた。(残念ながら、冒頭陳述を見学する機会はなかった。)このように、充実した本来の口頭弁論が行われるのであれば、なにも争点整理の段階をわざわざ公開の場所でという気がおきないのも当然であろう。

(注205)ここで、タイム・スケジュールを予め決めておく方式の実例としてハイ・コートでのオフィシャルレフェリービジネス事件の期日の決め方について、筆者が見学した範囲で以下述べる。
筆者が見学したのは、ハイ・コートのオフィシャル・レフェリー・ビジネスのヒアリング期日であった。オフィシャル・レフェリー・ビジネスは、大法官によって指名された巡回判事や代理巡回判事等が、書類もしくは会計の長期的調査を必要とする紛争、技術的科学的紛争を取り扱ういわば特別部のような存在である(最高法院規則オーダー36ルール1)。具体的には、エンジニアリングの関連する問題、ビルディングやその他の建築紛争、職業的過誤、地主とナテント間の紛争等を取り扱う。そこでは、一般の事件と異なり、オフィシャル・レフェリーが、1中間的手続き(仮処分等の手続き)についても取扱い2プリーディングや証拠に対する指示について特別の様式がある、また、3手続きの初期の段階においてトライアルの日程を定め、トライアルについて特別の指示が与えられる4上訴の制限がある、等の特徴を有している。

筆者が見学したのは、三〇〇万ポンドの訴額の建築物に関する損害賠償事件で、一九九二年の八月に提起されたものである。非公開の法廷(学校の教室のような構造で一段高い法壇がある)にバリスター・ソリシターが集まりオフィシャル・レフェリーが入廷し、若干の手続きの後、期日の設定に手続きが移る。その経緯は (ア)オフィシャル・レフェリーが、バリスター達に、トライアルは、何日位かかるかと尋ねる。すると、バリスター達は、小さな声で合議をして、すぐに、例えば一五日間と答える。

(イ)すると、書記官が日程表をめくって、最初に期日がはいるのはいつか、と答える。本件では、一九九四年一月にトライアルの日程が設定された。

(ウ)すると、オフィシャル・レフェリーは、一時退席して、バリスター達が、ダイレクションの様式に基づいて議論して、訴訟の日程を決めていく。具体的には、書面の探索・コピーは何日までとか、証人の陳述書は、何日までに行うかなどの点について合意をしていった。(エ)一五分位して、合意の纏まった頃にオフィシャル・レフエリーが再び入廷してバリスター達の合議の結果を聞く。バリスター間で合意のできていない事項については、オフィシャル・レフエリーが意見を聞いて決定していく。また、トライアルの二、三か月程度前に開かれるプレ・トライアル・コンフェレンスの日程を決定する。このコンフェレンスでは、争点についての最終的整理がなされ、また必要な命令についてのチェックや書類の整理や審理方法等が検討される。

(オ)以上により、ヒアリング自体は終了する。しかし、ヒアリング終了後、ソリシター達は、一定の様式を修正、記入することにより決定事項内容の草案をつくり、それを事務局に提出し登録することになる。

(カ)この見学した事件は、スケジュール通りに進行していけば、一年半以内にトライアルを経て判決ということになるであろうから、その額、規模などからかんがえて、かなり良いペースで処理されるということになるであろう。

(注206)固定期日の導入を勧めるものとして民事司法レポート・パラグラフ
224。人身被害レポートにおいても、タイムスケジュールの立案とそれの厳守が訴訟促進の一つの案として提案されている点は参考にされるべきである(パラグラフ103(v))。
(注207)もっとも、一般にいわれるのとは異なり、それほどコストの元凶にはなっていないという調査もあるとの事である(小林秀之・アメリカ民事訴訟法・一六九頁以下)。
(注208)「検討事項」では、裁判所のコントロールの重視という点から、文書
提出命令というフィルターを通すことを必要として、しかもその命令を「裁判所が事案解明に不可欠となるものと予想したものについてのみ命令を発する事ができる」と限定すべきではないかと提案されている。しかし、そもそも証拠が事案の解明に不可欠かどうかは、当事者が自分で見てみないとわからないのではないか、という疑問がある。相手方の手持ち証拠にたいするアクセスを認める以上、合理的な範囲の制限をもうけるというのは難しいように思われる。むしろ、コスト負担等による濫用防止策の方が効果的に思われる。

もっとも、開示の範囲を広げていくと、プリビレッジ(非開示特権)の範囲をどのように考えるかという問題が発生してくる。英国では、非開示特権の認められる場合として1自己負罪特権2法的プロフェションの非開示特権3非開示交渉(ウイズアウトプレジャディス・ネゴシエーション)の三つの場合があるとされている(Kean/ The Modern Law of Evidence二訂版・四〇四頁)。

また、相手方に対して開示はするが、一般との関係ではなお非公開とされるという非公開による開示手続きの問題も発生するであろう。

(注209)民事司法レポート・パラグラフ220(ii)が「両当事者は、相手
方の事件につき、和解もしくはトライアルの準備を進めるために、十分な情報をもたなければならない」としている点は注目されるべきである。

コストの問題を回避するための方策としては、1開示手続き自体を簡略化して、手続き自体の負担を軽くする、2極めて大型若しくは複雑な訴訟のみにかかる「重い」手続きの適用を限定する、という二つの方策が考えられる。英国では、「人身被害レポート」三七頁の提案からもフル・トライアルの手続きの限定という1の方向よりも、かかる手続きを前提として2の方向を指向しているように思われる。成り行きが注目されよう。

(注210)司法運営スタッフの人数等を比較したものとして菅野博之「英国の
司法ー民事訴訟を中心として」司法研修所論集八五号二四〇頁
(注211)我が国において、例えば、刑事と民事の割合を考え直し、民事に割
きうる資源を増加するという方向で考えることもできると思われる。
(注212)定型文に当事者が書き込んできたのを裁判所が認証して決定とする
いうのも一つの方法であろう。
(注213)英国における高い和解率については前章のコマーシャル・コートでの
実態調査等でも明らかであろう((注105)参照)。また、他の文献で司法統計の数字などからふれるものとして菅野・前掲一三頁参照かかる高い和解率をどう捉えるべきか、という問題があろう。実態にそぐわない和解を当事者に費用負担という圧力で応じさせるというのでは、到底、支持しえないし、また、裁判所の物的・人的設備の不十分さを補うための和解による処理促進というのでは賛成しかねる。しかし、逆に相手方からの証拠開示をも受けた後でならば、むしろ実態に適した和解も多い、と考えられるし、また、限られた資源の有効活用の必要性という要求に合致する点もある。より一層の検討を要するものと考えられる。なお、和解にたいする積極的評価については新民事訴訟手続き試案(迅速訴訟手続き要領)・第一東京弁護士会二、五五頁以下等
(注214)コスト負担による和解促進策
「イギリスの裁判所は、常に、当事者にたいして訴訟を最後まで続けるより早く和解で解決することを奨励する」( リチャード・プレイル前掲四八頁)とか、「『訴訟費用敗訴者負担』というイギリス流のルールの方が、『訴訟費用自己負担』であるアメリカ流のルールよりもトライアルにまで至る割合が小さくなるという意見がある」( ロバート・クーター、トーマス・ユーレン、太田訳「法と経済学」三七二頁)とか、言われることがある。英国の訴訟手続きでは、前章で触れたコスト負担手続き((注108)参照)を和解促進策として利用している点に特徴があるようにおもえる。具体的には、

1 ペイメント・イントウ・コート (供託) 最高法院規則オーダー22ルール11)では、「貸金請求訴訟若しくは損害賠償訴訟においては、被告は、何時でも原告の要求する金員に関し請求を満足させるため金員を供託することができる( 以下略) 」と定めている。そして、この供託の事実およびその額は、コストの算定の上で裁判所が考慮にいれなくてはならないとされている( 同オーダールール9(b))。これが、どのように具体的に訴訟促進効果をもつか、という点について具体例をあげると、例えば、一〇〇ポンドの損害賠償請求訴訟中に、被告が三〇ポンドの供託をしたにもかかわらず、原告が、実際の損害額は、八〇ポンドをくだらないはずだとして、その金員を受け取らず、トライアルまでいったとする。その結果、裁判官が、三〇ポンドの損害しかなかったと判断したら、結局、供託以降の被告のコストは( 勝訴者である) 原告が支払わなくてはならないことになる。結局、かかる供託がなされると原告はその訴訟の行く末について真剣に検討しなくてはならず、訴訟の結果について不確かであれば、かかる金員を受領して和解しようという誘因になると言えよう。

2カルダーバンクレター

貸金請求訴訟若しくは損害賠償訴訟以外において、当事者は、和解の申込みをなすことができ、裁判所は、1と同様に申込み日以降についてのコストを和解拒絶者の負担とすることができる。なお、この和解の申込みは、開示手続きとの関係でコストの算定までは非開示書類としてなされる。その申込みには、「コストに関する場合以外にはウイッズアウト・プレジャディス」という文言が記載されるのが一般であり、また、かかる和解申し入れの手紙は、そのリーディングケースとなった事件の名をとってカルダーバンクレターと呼ばれる。現在では、最高法院規則オーダー22ルール14に制定されている。

(注215)我が国では、当事者が判決で白黒をハッキリさせたいとしていれ
ば、それを拒む理由はない、と考えられているように思われ、かかる和解応諾義務という発想は馴染みにくいであろう。とくに「人格訴訟」の存在を否定しえない以上、判決を要求する当事者に対し和解に応じる義務を認めるというのは我が国では過激すぎるようにも思える(もっとも、和解応諾義務といっても、どうしても判断が欲しければ、自分で相手方のコストの負担を負えばいいだけの話である。)。 しかし、訴訟の相手方が、合理的な金額の金員を支払うと申し出た場合、当事者がこれを拒絶して、相手にさらなる費用負担と時間の負担を強いる事ができるという制度も問題である。相手の合理的な和解提案を拒絶し判決を要求することは、相手方に不当な負担をおわせ第三者の裁判所の利用を妨害するという問題を有することは、十分に留意すべきである。(もっとも、英国のコストは、我が国にくらべて高額だから、これを敗訴者負担や和解拒絶者負担にでもしなければ、どうしようもないという事情がある。これに対して我が国では時間報酬制は一般的でないから相手方に負担をかけるという点は余り意識されないかもしれない。また、英国における現行の制度について、当事者の資力が異なる場合には和解応諾についての圧力が平等にかかっているとはいえないのではないかという批判はある。 )
(注216)なお、韓国における一九八九年改正法も無理な応訴・上訴対策とし
て大法院規則の定める範囲内で訴訟費用に参入することにした、とのことである(李時潤・「韓国における手続き遅延の問題と改善の為の立法試図」ジュリスト・九八八号三八頁)。
(注217)本文例示の場合について
1については、最高法院規則オーダー62ルール65)(「リットもしくはプリーディングにおいて許可によらない変更によるコストは、変更をなした当事者によって負担される」)が参考になる

2については、同 オーダー62ルール6)(「本規則もしくはダイレクション、命令によって指定された期日を延期を申し立てることによるコストは、申立をした当事者によって負担される」)が参考になる。

34については、文書の真正を否認する通知・自白勧告付き通知にたいする否認の通知についてのコスト負担が参考になる(同オーダー62ルール68))なお、この点については益田・「英国の司法制度と民事訴訟の概要 第四編 民事訴訟の概要2)」法の支配八八号四九頁参照

(注218)「コート・ドレス」コンサルテーションペーパー・一九九二年八月